番組のスタッフロールでよく「TD」という役割を目にします。「テクニカルディレクター」の略で、生放送や収録の際、撮影はもちろん、照明や音声など、いわば番組技術の総責任者といえます。収録中は番組の内容に合わせて、副調整室からカメラマンや照明マン、ミキサーといった技術スタッフに細かな指示を与え、技術面で進行がうまくいくようにサポートします。
TDがいなければ、番組そのものが成り立たないと言って、差し支えないでしょう。今回は番組を技術面で支える「影のマスター」テクニカルディレクターの役割にスポットを当て、業務の具体や求められる人材像を探ります。
問われるリーダーシップ
TDの話題に入る前に、テレビの収録や生放送の現場にはどういった技術スタッフがいるか改めて思い起こしてみましょう。カメラマン、照明マン、ミキサー、そしてカメラの色味調整をはじめ、機材の動作確認などを行うビデオエンジニア(VE)など、さまざまな技術スタッフが関わっています。TDはこうした現場の技術面を統括します。具体的には、事前の機材確認に始まり、演出や番組の内容、物語の流れに沿って、複数のカメラマンが撮影した映像、さらには事前に作り込んでおいたCGなどを瞬時に判断して切り替えていきます。言い換えれば映像の「最終管理責任者」といえます。ディレクターによる番組のねらいや演出意図を映像で表現するわけですから、放送全体のまさに要といっていいでしょう。
このため、多くのTDはスイッチャーを兼務するケースが多くなっています。スイッチャーとは、それぞれのカメラの映像を切り替える「スイッチング」を担当する役まわりで、いわば映像で「ストーリー」を作ります。これは映像編集の基本を十分に理解できていないとおぼつきません。したがって、新人が一朝一夕にできるものではなく、最低でもカメラマン歴5年以上が「免許皆伝」の目安になっています。
つまりTDとはカメラマンや音声、照明といった技術スタッフのリーダー的存在です。番組制作における技術チームの現場責任者ですので、カメラ・スイッチャーはもちろん、音声やVEの3つの部門全体を把握する能力が必要です。駅伝など、技術スタッフが100人以上に及んだり、5か所以上の中継先があったりと大掛かりな場合は、番組の企画・内容に合わせて、技術面での進行がスムーズに行くように「技術計画書」を作ることもあります。ちなみにTDは「テー・デー」と呼ばれます。これは送り出しの担当ディレクターを「PD」(プログラムもしくはパイロット・ディレクター)と呼ぶ局があるため、聞き違いを予防するために、この呼び方が定着しました。
拡がる業務のフィールド
昔のTDといえば、前述のようにカメラや音声といった技術部門を統括し、本番は副調整室のスイッチャー席で映像を切り替えるという役回りに徹していました。しかし最近は新たなフィールドでの活躍が増えています。
その最たるものが、システムの構築です。例えば、在京キー局では、選挙特番の速報システムなどいわゆるCGまわりについて、TDが開発に関わるケースが増えています。当確競争の熾烈化が進む中、他社に先んじて、情報を画面に反映させたい。当然、映像の最終的な責任者になるTDの関与は論を俟ちません。
通常、TDは制作サイドからの技術的な相談に対し、どのようなシステムを組めば解決できるかを考えるのが仕事です。しかし、最近はディレクターなどと企画段階から打ち合わせを行い、その企画に合うような最新技術のアドバイスを行なうなど、能動的な側面も目立ってきました。つまり、映像技術の最終責任者でありながら、時にはディレクターやプロデューサーとともに、制作サイドの視点も持ちつつ、前向きな技術提案をすることも増えてきています。
地方局でのTDの役割
事実、地方局では、若手カメラマンを制作へ異動させ、取材先へのアポや台本作りなど、番組づくりの裏方の部分を学ばせるなど、制作・技術間の人事交流が活発です。経験の浅い新人ディレクターに対し、ベテランTDがいろいろとアドバイスすることも人事教育の充実につながっているといえます。ちなみに地方局ではTDがスイッチャーの他、VEを兼ねることも多く、最近はカメラマンの人選や予算立てまで担当する場合もあり、その責任はますます重くなっています。
求められる人材像
オーケストラに例えると、TDはまさにコンダクターです。PDが執筆した台本という名の「譜面」を基に、数人のカメラマンやミキサー、照明マンといった技術陣を「指揮」して、番組という名の「曲」を演奏していきます。普通のオーケストラだと、指揮者がいなくても演奏が成り立ってしまう場合もありますが、放送の現場ではそうは行きません。経験の豊富さやリーダーシップはもちろんですが、具体的にどんな人材がTDとして適任なのでしょうか?
まずは冷静かつ優先順位を判断できることです。バラエティならスタジオ収録、報道なら発生モノの中継現場と、番組のジャンルを問わず、放送の現場は日々、瞬間的な判断の連続です。情報が錯綜する中で、どの映像をスイッチングしたら、視聴者への訴求が一番強くなるのかということを常に考える必要があります。
また、不測の事態に備えることも必要です。複雑な専用機器が相手ですし、PCの導入でバグが起きるなど、時として機器トラブルに見舞われることもありますが、こういうピンチの時こそ、如何に泥沼から立て直して、正常な軌道に戻せるかもTDの腕の見せ所といえるでしょう。
では、どうしたら、いざという時にも動じない素養が身につくのでしょうか。常に最先端技術を学び続けることももちろん重要ですが、何よりも普段からあらゆる流行に敏感になる事が、とっさの引き出しの豊富さや映像センスの醸成につながります。それと他の映像コンテンツを鑑賞すること。映像の世界は視聴経験に勝るモノはありません。名カメラマンや名スイッチャーと呼ばれる人には、映画ファンが多いです。その時はぼんやり鑑賞していても、後に既視感が生きる場合があります。カメラマンはもちろん、スイッチャーやTDになってからも、この習慣は大切です。こうしてセンスが磨かれていきます。
加えてTDは番組によって、勤務時間が不規則になることがあります。特にニュース番組など、ローテーション制が常な場合、体調を整えることも重要な仕事の一部です。どんな仕事でもそうですが、特に瞬間的な判断を求められる業務が多いTDは、番組終了後、疲労困憊になります。ですから体調管理こそが的確なスイッチングの礎といえるでしょう。
これまで紹介してきたように、TDは経験に裏打ちされたセンスと冷静かつ的確な判断力が求められるポジションです。故に難しい仕事ではありますが、 自分の映像表現が日本全国へ伝わるという事の達成感は、やはりやり甲斐のある仕事といえるでしょう。番組のスタッフロールでTDというテロップが流れた時、結構、重要なポジションだと認識してもらえれば、多くのTDは心の中で快哉を叫ぶのではないでしょうか。
テキスト:ナインフィールド
ディレクター 村松 敬太