事件事故はもちろん、海外からの生リポート、さらにはスポーツやお天気中継など、テレビ・ラジオを問わず、「生中継」の占める比重は高まっています。放送メディアのいわば「お家芸」ともいえるライブ感を支えるのが、スタジオやサブ(副調整室)と中継現場との連絡を取り持つ「中継コーディネーター」です。局や番組によっては、「中継連絡ディレクター」とも呼ばれたりします。テレビ・ラジオともに、番組制作は多くのスタッフのチームワークで制作されますが、特に中継放送の場合、その内容の良し悪しは、スタッフの意思疎通がいかにスムーズに行えるかにかかっています。このため、中継現場とスタジオの緊密な連絡は必須で、「中継コーディネーター」は責任重大なポジションといえます。スタジオと中継先で起きている事象を瞬時に理解し、常に「最適解」を追求しなければいけません。加えて近年は、番組構成が、複雑化かつテンポアップしてきているため、中継用の本線よりも複雑な連絡回線を構成する傾向が増えるなど、コーディネーターに対する期待はますます高まっています。今回は「中継コーディネーター」の仕事にスポットを当て、業務内容はもちろん、その心構えや求められる人材像について、探っていきます。
中継コーディネーターが必要な背景
「中継コーディネーター」は一言で言えば、スタジオ・サブと中継現場との橋渡し役です。端的には中継現場に対して、事前のキューシート(進行表)をはじめ、OAディレクターやタイムキーパーからの情報を基に「入りの時間」や「残時間」を伝えます。もちろん、ハプニングなど、スタジオでイレギュラーな事態が起きた場合、他のスタッフと連携して、中継先に持ち時間の加減(業界で言う押し引き)を指示する場合もあります。連絡は主に電話回線ですが、進行台本や原稿といった紙ベースの情報を送受信する場合は、用意した回線の一部をFAX用に流用することもあります。
駅伝などのスポーツイベントが代表的ですが、中継先が複数にまたがるなど、特に大規模な中継放送を行う場合には、スタッフ別の回線が複数構築され、プロデューサーあるいはディレクターと現場との連絡回線を「制作用連絡回線」と呼んだりします。スタジオやサブからの指示や情報を伝えるだけでなく、中継現場からスタジオやサブに対して、連絡してほしい事柄があった場合も、中継コーディネーターが絡みます。中継コーディネーターがいないと、OAディレクターやタイムキーパーが中継先と直接、交信することになり、それぞれの業務内容に支障をきたすばかりか、最悪、番組自体が成り立たなくなります。
多岐にわたる準備と確認の流れ
中継コーディネーターの守備範囲は主として、中継現場とスタジオ・サブとの連絡係ですが、その準備は多岐にわたります。まずはキューシートで、番組全体の進行と予定原稿を確認します。次に中継先の箇所数や一か所当たりのカメラの台数をチェックします。VTRをインサートする場合は「VTR素材」の時間、さらにスタジオとのやりとりの有無も確認します。さらに大規模災害などで、中継先が3つ以上にわたる場合には、情報の重複を避ける意味で、現場情報の差別化をそれぞれの中継先に促します。
同時に大切なのが、回線チェックです。時間に余裕がある場合は、現場側の中継リハーサルを本社サブとつなげておいて、そこで回線状況とカメラワークを確認します。かつては、中継局への見通し波を使った「FPU回線」、山間部など送信環境が厳しいロケーションなら、通信衛星を使った「SNG回線」の二者択一で、回線開通の確認にも時間と手間がかかりましたが、今は光ファイバー網の整備で、大抵の地域でインターネットを使った簡易中継が可能になり、技術的なハードルはかなり下がりました。ただ、デジタル特有のディレイなど、要チェック項目は残っていて、スタジオとのやりとりには殊更に注意が必要です。
中継に入る概ねの予定時間は、本社を出発する際やリハの時点で中継隊へも伝わっていますが、一応、中継予定時間の概ね5分前には「中継予定時刻5分前!」というようにカウントダウンを始めます。
中継を円滑に進める留意点
もっとも、これは予め決まっているパターンの場合。海外中継などで、直前にならないと回線がつながらなかったりする場合は、まさにリハーサルなしの「ぶっつけ本番」になります。普通、国内の場合、エアーモニターを使えば、リポーターやカメラマンもオンエアを確認できているケースが多いのですが、海外の場合はモニター環境に不安があったりするので、中継コーディネーターからの国際電話が文字通りの「生命線」になります。
また、コーナーの配置によっては、スタジオと中継先のリハーサルができず、音声チェックを本番中のCMの間に済ませることもあります。大変なのが、最新情報が飛び込んできたとき。状況によっては、中継を中断し、スタジオ進行に切り替える場合もあり、かなりあわただしくなります。例えば、選挙のバンザイインタビューなどは、報道各社の当確時間に合わせて、候補者が待機中の自宅やホテルから選挙事務所へ向かうケースが多く、到着の時間帯次第で持ち時間が変わってくるため、臨機応変極まる判断が求められます。
業務を通じていえるのは、とにかく冷静な判断ができること。そして限られた条件の中で、スタジオ・サブの他のスタッフと連携しながら、いかにベストな結論を導き出せるかということに尽きます。もちろん、事前に大まかな「羅針盤」はありますが、突発事項が起き、仮に羅針盤があてにならなくなった場合でも、中継現場とスタジオの連携はスムーズにしておかなければいけません。
求められる人材像
中継スタッフは現場にいるため、スタジオやサブに比べ、どうしても情報量が少なくなります。それを如何に補って、無事に放送を終えられるかが、「中継コーディネーター」の腕の見せ所です。そのためには、まず、放送上、中継スタッフに足りない情報は何かを的確に把握し、必要な情報を提供できる気配りが必須です。
また、中継現場は多かれ少なかれ混乱がつきものなので、いざトラブルやタイミングの変更が起きた場合でも、番組の方向性を維持しながら、軌道修正する必要があります。ですから「番組の全体像」を把握した上で、プロデューサーやOAディレクターが、どこでソフトランディングを仕掛けるのか先読みする能力も求められます。つまり、番組全体を俯瞰し、軟着陸の場所をピンポイントで予想した上で、中継班を最適な場所へいざなうスキルといえます。
もっとも、このスキルは一朝一夕には養えません。サブはもちろん、中継現場でもより多くの経験を積み、己の血や肉にしていく以外に近道はありません。こうして、サブや中継現場で「察する」力を身につけることが、一人前の「中継コーディネーター」へ成長する必要十分条件といえます。さらに言えば「察する」力は「中継コーディネーター」以外でも、放送現場の至る所で求められます。それはきっと、一般社会においても役立つでしょう。スタッフが力を結集して、一つの番組を作りあげる素晴らしさ。「中継コーディネーター」は、まさにその中核の一つといって過言ではなさそうです。
テキスト:ナインフィールド
ディレクター 石川 淳