最新技術でスポーツファンを増やす

最新技術でスポーツファンを増やす
2021年4月26日 ninefield

ここ数年、スポーツ中継に最新テクノロジーを応用した新たな試みが続々と登場しています。バレーボールでの3Dトラッキング技術や、射的やアーチェリーで活躍した非接触バイタルセンシングなど、新たな映像解析システムがスポーツ中継の世界に革命をもたらし始めています。この夏、開催予定の東京五輪、パラリンピックでは、スケートボード、スポーツクライミング、サーフィンといった新たな競技がお目見えし、新たなテクノロジーの活躍場面はますます増えることが予想されます。それはいわゆる「マイナー」競技の新たなファンの獲得にも期待されています。今回はこの新たなシステムを紐解きながら、その魅力や競技人口の増加など、期待される波及効果について、探っていきます。



 

 



3Dトラッキング技術が変えたバレーボール中継

皆さんもおなじみの「ワールドカップバレー」に革新的な技術が中継現場へ導入されました。それが「3Dトラッキング技術」です。
「3Dトラッキング」は、ボールなど物体の3次元の位置情報を、複数のカメラで撮影した映像からリアルタイムに計測し、物体の軌道、スピード、高さ、角度などのデータを算出する技術です。簡単に言えば、バレーボールの場合、スパイクの速さや高さを瞬時に計算することができ、臨場感は従来とは比較にならない次元です。実際のワールドカップ中継では、3Dトラッキングのデータを「モーションスカウター」と「トレースビジョン」という2つのシステムを使って、リプレイ映像にオーバーレイで表示しました。速さや高さ、角度といったプレイのレベルが可視化されるので、視聴者は科学的なアプローチによる新たな観戦体験が可能になりました。現在は、試合の中継はもちろん、選手の競技力を強化するツールとして活用したり、他の競技への展開も視野に入れたりしながら、さらなる応用や改良が進んでいます。その一つが体操です。
 

「体操」の採点を飛躍的に進化させた3Dセンシング

体操は採点で勝敗が決まるスポーツです。このため、公平かつ正確な採点を目指して、長年にわたり、多くの努力や改革が行われてきました。しかし、技術進歩がめざましい最近の体操競技では、目視では正確な判定を行うことが困難な場合が多く、審判員の負担は増える一方です。そこに登場したのが、3Dレーザーセンサーや3Dデータ処理などの技術です。
従来は人間の動作を分析する場合、モーションキャプチャー技術が主流でした。しかしこの方法は対象者の身体にマーカーを付ける必要がある他、複数台にわたるカメラのセッティングにも技術が要り、試合での使用はおろか、普段の練習でも使われることがありませんでした。

3Dセンシングはこの問題を簡単にクリアしました。1秒間に230万点ものレーザーを選手に向けて発光し、レーザーが戻ってくるまでの時間から距離を計測します。動いている立体物を正確にとらえるため、細かく角度を変えながらレーザーを当てていきます。選手までの距離に応じてレーザー発光する範囲を広げたり絞ったりすることで、距離が変わっても解像度が変わらずに計測することが可能になりました。レーザーを使いますから、選手がセンサーを着用しなくても動きを計測でき、普段の練習や試合本番でも活用できます。

さらに、こうした技術がもたらすリアルタイムの測定は、スポーツだけではなく伝統芸能やリハビリ、熟練工の動きなど、様々な分野への応用の可能性を秘めています。近い将来、いろいろな場面で役立つことが期待されるでしょう。
 

「非接触」は選手への感情移入のキーポイント

これまで触れてきた3D関連の技術と並行して、「スポーツ解析技術」のもう一つの柱が、「非接触バイタルセンシング技術」です。カメラがプレイヤーを捉えるだけで、心拍を計測し、ストレスのかかり具合や精神の集中の度合いまでわかってしまう。そんな夢のような技術がすでに実用化されています。心拍などをセンサーで測定する「バイタルセンシング」は、これまで主に医療や健康分野で注目されてきました。しかし、この非接触バイタルセンシング技術が大きな話題となったのは、数年前の春に千葉で開催されたゴルフ大会でした。この大会では、試合の模様とともにプロゴルファーの心拍数が生中継されたのです。

この技術は、通常のカメラで撮影した顔の映像から、微細な肌の色合いを解析して心拍数を抽出します。そもそもは1930年代にヘルツマンが開発した「光電脈波法」を応用したもので、およそ5年かけて非接触バイタルセンシングの実現にこぎつけたそうです。
映像に表れる顔色の変化で、毛細血管の収縮と膨張の変動を測り、それを基に心拍間隔や心拍数を計測します。測定の際、選手の身体に装置を装着させる必要がないので、スポーツの最中やデスク作業といった日常のさまざまなシーンで、カジュアルに測定できます。
つまりこの技術を使えば、競技中の選手に影響を与えることなく心拍を測定できます。「心拍数や心拍間隔」と「緊張や集中の度合い」には相関関係があるため、選手の内面をわかりやすく表現できます。さらに、スポーツの中継放送だけでなく、選手自身が自らのパフォーマンスを分析するデータとして 選手強化にも貢献できます。
とはいえ現状では、絶え間なく激しい動作を伴ったり、集団でフィールドを駆け巡ったりするようなスポーツへの適用はまだ難しく、比較的動きが少ないゴルフが選ばれました。対象者の動きをとらえやすく、測定に必要な顔が防具で隠れることもありません。加えて、集中力やプレッシャーなど、精神面が大きく左右することも、実証面で相性がよかったといえます。

この中継は、視聴者からも「ゴルフを初めておもしろいと思った」「見慣れたゴルフ中継が斬新に感じられた」など、大きな反響が寄せられました。非接触バイタルセンシングの技術は、ショットの緊迫感や心理的な駆け引きを可視化させ、視聴者に臨場感を抱かせることに成功しました。
 

東京五輪・パラリンピックが新技術の試金石に

これまでご紹介してきた3Dトラッキング技術や3Dセンシング技術、それに非接触バイタルセンシング技術は、スポーツ中継はもちろん、私たちの暮らしを一変させる大きな可能性を秘めています。今夏の東京で、我々はこれまでとは全く違うオリンピック・パラリンピック中継を目の当たりにすることになるでしょう。

なじみの低いマイナースポーツも、最新技術で分かりやすく中継できれば、ファンの増加が期待できます。結果として、スポーツ中継の娯楽性がより高まり、観戦者の裾野が広がれば、将来的なスポーツ人口の増加につながります。競技人口が増えれば、当然、レベルも底上げされ、日本のスポーツレベルは大きく向上するでしょう。また、日本は、諸外国に比べて、スポーツビジネスの市場規模が小さいと指摘されていますが、「新たな映像解析システム」は、こうした分野の市場拡大に対して、牽引車的な役割を果たすことも期待されます。今夏の東京五輪、パラリンピックは絶好の試金石になるでしょう。選手だけでなく、放送技術の関係者にとっても、これまで培ったノウハウを発揮する腕の見せ所といえそうです
 

テキスト:ナインフィールド
ディレクター 林 要