音楽業界のYouTube活用と活況のオンライン配信

音楽業界のYouTube活用と活況のオンライン配信
2020年12月28日 ninefield

世界のインターネット利用法に革命をもたらした YouTube は、ミュージシャン、お笑い芸人、創作料理家など、今やあらゆるジャンルのクリエイターにとって必要不可欠なメディアと化しています。一説には、月間20億人を超えるユーザーが、1分間に500時間分の動画をアップロードするなど、メディアとして、無視できない存在になりました。他の業界に先駆けてYouTubeの活用を進めてきたのが音楽業界です。音楽のストリーミングやダウンロードが主流となり、CDが売れないと言われてきた中で、自社アーティストの楽曲のPRの舞台として、多くの芸能事務所がミュージックビデオやプロモーションビデオをYouTubeの黎明期から公開してきました。近年はYouTubeで自身の楽曲を発信するアーティストも多く、音楽業界ではPR手段という側面以外にも、ファンの開拓や新人発掘の場として利用するケースが一般化しています。今回は音楽業界の側から見たYouTubeと脚光を浴びているオンライン配信について、探っていきます。



 

 



音楽業界によるYouTube積極活用の背景

YouTubeを音楽業界が積極活用するようになった背景の一因に、テレビ各局での音楽番組の減少が挙げられます。1980年代から90年代にかけては、在京キー局各局ともそれぞれ音楽番組を放送し、かなりの高視聴率を稼いでいましたが、21世紀に入って、インターネットが普及し始めると、歌番組から新曲情報を入手するという文化そのものが廃れたため、多くの番組が改編で姿を消しました。バブル期に数多あった深夜の音楽番組も、業界の不況も手伝って勢いを失い、芸能事務所やレコード会社は、テレビ以外のメディアにアーティストを売り込むことを真剣に考え始めていました。そこに現れたのがYouTubeです。当初はCDやダウンロードサイトの売り上げが落ちる懸念も指摘されていましたが、YouTube用にアーティストが一発撮りで歌ったり、事務所の仕掛けとして、撮ったダンス動画が大ブレイクしたりと、テレビオンリーの時代には、考えられなかったアイデアも生まれてきました。特に「踊ってみた」「歌ってみた」系のコンテンツからヒットにつながる可能性は大きく膨らみ、「回り回って本業にプラスになる」と得られる効果に期待する声も大きくなっています。当然、アーティストやレコード会社といった著作権者への支払いは欠かせず、YouTubeは昨年1年間に30億ドル、日本円で3000億円以上を音楽業界に支払ったといわれています。こうした素人の楽曲の2次利用は新たなYouTubeの利用法を編み出しました。音楽業界は、もともと新たなアーティストへの飢餓感が強く、スター候補生を発掘する手段として、YouTubeを活用するようになったのです。今では「スターの原石」とレーベル契約し、プロとしてブレイクするケースも珍しくなくなりました。

 

増大の一途をたどるオンライン配信

近年注目を集めているのが、オンラインライブや無観客ライブの配信です。ライブ映像の録画を配信したり、無観客でのライブ映像をリアルタイムで配信したりすることで、収入を確保することが可能になりました。ジャズやロックのフェスティバルなども、無料版を配信し、ファン獲得にYouTubeが積極活用されています。また、動画を視聴する環境が数年前に比べ圧倒的によくなっていることもオンライン配信がさらなる増大につながるきっかけになったと言えるでしょう。

「デジタルネイティブ」と呼ばれる1990年代以降に生まれた世代が増え、オンライン視聴に対するハードルが下がったことも、ライブ配信の普及を後押ししています。
普段からYouTubeやTikTokなどの動画SNSをよく利用する世代の需要を見越し、これまでネット上での音楽配信に取り組んでこなかった大手芸能事務所がライブ配信を始めたり、一旦は、公演中止となったライブを「無観客ライブ」として行うことを発表したりしています。こうした動きは全世代に広がりつつあり、大御所と呼ばれる世代のアーティストも、相次いで無観客ライブを開催。数十万人の視聴を稼ぎだしています。今後、新たなライブエンターテイメントのあり方としてオンラインライブが定着していくことは時代の流れと言えるでしょう。

 

ライブ配信のメリット・デメリット

ライブ配信のメリットで真っ先に挙げられるのは、双方向のコミュニケーションが取れ、アーティストと視聴者との距離が縮まりやすくなることです。プラットフォーム上のタイムラインで、それぞれの感想や意見をアーティストへリアルタイムで伝え、コメントを確認したアーティストが、対面しているかのような距離感で「ありがとうございます」と答えれば、ファンも喜ぶでしょう。リアルタイムで最新情報が的確に伝えられることはもちろん、カメラをセットしてライブを流すだけなので、編集の手間が全くかかりません。このため、テレビ各社が採算上、放送できないようなコンテンツも流すことができ、よりコアなファンへの訴求効果も見込めますし、地方在住でなかなか大都市圏に出かけてコンサート鑑賞できないファンにとっても、朗報と言えます。一方、デメリットとしては配信中の機器故障や通信環境の悪化が挙げられます。特に配信が中断すると、それまでモニターを凝視していた数千、数万といった視聴者が一気に離れてしまうリスクも孕んでいます。

 

技術や演出方法は向上したけれど…

オンライン配信がここまで短期間に普及した要因に、制作側の技術や演出方法が向上した側面があります。民生用の4Kカメラを数台揃え、HDMI端子を使って、スイッチャーやミキサーと連携しながら配信する技術が、一般の人にも簡単に扱えるようになったことは非常に大きいと言えます。ブームに乗り遅れまいと、チケットを扱う大手の業者も相次いでライブ配信に参入し、知名度の高いアーティストの囲い込みを図っています。ただ、こうしたライブ配信は、大抵の場合、ライブハウスやフェスティバルの主催スタッフが担当しています。音のミキシングはお手のモノでも、カメラワークやスイッチングについては経験が浅く、収録ならまだしも、ライブではスイッチングに不慣れだったり、曲紹介の字幕がずれてしまったりと、細かいミスもでてきます。また、ライブで配信する内容は、編集されないので、不適切な言動や危険行為など不測の事態が起きることもないとは言い切れず、発言内容以外にも配信者の行動に責任を持つ必要があります。ライブ配信を行う際は、主催者側が動画配信担当者に十分な研修・指導を行なうことは当然ですが、そもそもテレビ局や制作会社以外の企業が、ライブ配信に参画するようになってから数年しか経っておらず、経験やノウハウの不足が見え隠れしています。

 

プロの撮る映像は信頼性が違う

こうしたトラブルを防ぐ意味で、配信一切をプロの制作会社に任せることは賢明な選択だといえます。何といっても経験が違いますし、トラブルがあった場合でも、軌道修正するための引き出しをいくつも持っています。また、ライブ配信をブルーレイやDVD化する場合、民生用のカメラでは、放送・業務用のカメラに比べて、やはり画質に大きな差が出てしまいます。メモリアルなライブだからこそ、最高の画質で配信、収録をすることは、観客、アーティスト双方にとって、プラスになることは間違いないといえるのではないでしょうか。

 

テキスト:ナインフィールド
ディレクター 林 要