今やテレビ番組をはじめとして、国会中継や市町村長の会見でも見かけるようになったフリップ。視聴者にわかりやすく伝える素材として、ニュースや情報番組に、不可欠な存在です。図、表、文字、写真などの情報をいかに分かりやすく魅力的に見せるかも、ディレクターの腕の見せどころであることは論を俟ちませんが、最近はバラエティ番組でも、クイズコーナーなどに多用されていますし、「フリップ芸」と称して、手書きフリップを効果的に使うお笑い芸人も現れ、一つのジャンルを確立しています。また、企業のプレゼンテーションも新たな使い道として脚光を浴び始めました。今回はテレビ番組やイベントを彩るフリップについて、役割や制作過程を紐解きながら、現状を探ります。
フリップ制作の現状
ニュースやワイド番組の場合、フリップの発注は主にディレクター「陣」が担当します。「陣」としたのは、コーナー担当のディレクターが発注した内容を番組のチーフディレクターや番組プロデューサーが目を通し、「合議」の上で、局内の美術センターや美術専門の制作会社へ発注するからです。特に在京キー局の場合、視聴率が1分単位で算出されるので、演出の出来によって、数字が左右されるケースも多く、グラフィックやレイアウトをはじめ、出すタイミングなど、ディレクターにとっては、そのセンスが大きく問われます。ニュースやワイド番組の場合は、この作業をビデオ素材の編集やナレーション収録と同時に進行するので、発注原稿との照合確認については、AD(アシスタントディレクター)に一任する場合もあります。校正については、美術センター側でも、これまでの経験則で、単純ミスについては、チェックが利きますが、日々、新たな用語が出てくる報道・情報番組では、常に新しい用語をディレクターとデザイナーで確認しあいながら作成されていきます。番組にもよりますが、分量は1時間あたり、概ね20枚前後。これ以上、多くなると、かえってうるさくなります。
文字の種類や大きさ、「めくり」の有無については、ディレクター指示の他、時間に余裕のある場合は、グラフィックデザイナーも演出に加わり、デザインを検討・考察します。確定したフリップ案は、パソコンで制作され、インクジェットやレーザープリンターでプリントアウトした紙を、発泡スチロールが材料の「スチレンボード」へ貼り付けます。サイズは変形のB4版からA3版が基準で、A3の倍の大きさ(A2)が「倍フリップ」A2の倍の大きさ(A1)が「4倍フリップ」などと呼ばれ、発注の際の基準になっています。ここ数年くらいは「パネル」と呼ばれる「8倍フリップ」以上の大型のフリップも多用されるようになり、バラエティに富んでいます。特大パネルは情報番組でよく使われています。つい数時間前のニュースであっても見事にまとめられ、情報がわかりやすく整理され視聴者目線で伝えることを目的としています。特大パネルの場合は大判のインクジェットプリンターで分割出力したものを貼り合わせるので、作業スペースからスタジオへ運ぶまでに大掛かりな人数が必要になります。
一般に、図形や文字を用いて説明するためのフリップはスチレンボードが使われることが多く、クイズの回答や絵を描くためのフリップは、水彩紙やケント紙の裏に厚紙を貼り合わせたイラストレーションボードの使用が目立ちます。
この他、低予算の番組では、フリップの代用品として、スケッチブックを使う他、小型のホワイトボードも用いられるようになり、かえって「手作り感」を醸し出すなど、演出上の色付けになる場合があります。
「めくり」については、予め内容の一部をシールで覆い隠し、比較的接着力の弱いスプレー糊を使って、剝がしやすくしますが、たまに糊が強すぎて、下の文字ごと、剝がれてしまうハプニングもあります。「めくり」もディレクターのこだわりが見える部分です。視聴者にネタバレしないようにという配慮もありますが、めくった時にインパクトのある内容になるようフリップ全体のデザインから考え、オチがつくよう作っているものもあります。
意外に重要なのが、裏面と雨天対策です。「手持ち」で利用される場合はキャスターやアナウンサーが、その内容を読み上げることを考慮し、裏面にも表面と同じ内容の縮刷・コピーなどを貼り付けます。これを貼り忘れると、出演者がいちいちフリップをのぞき込んで、確認しながらの進行を余儀なくされるため、必須の作業と言えるでしょう。また、天気コーナーで、雨天での中継の場合、水性インクで制作したフリップでは滲んでしまったり、高湿度で糊が剥がれフリップがデコボコになったりするため、ラミネート加工が必要です。
写真等の許可は最優先に
フリップに写真や図表を採り入れることも当たり前になりましたが、これについては、いわゆる「著作権」が絡むケースがあり、制作サイドは以前にも増して、気を配っています。動画素材があれば、パソコンで静止画化することが可能ですが、写真が入手できなかったり、入手できても、使用の許可が下りなかったりして、ギリギリまで素材制作が遅れた場合は、コーナーの順番に影響が出てしまいます。先述のような、「ビデオ編集・ナレーション収録の同時進行」という多忙な中ですので、ミスの誘発にもつながりかねません。このため、フリップ制作の場合、まず、写真等の許可が必要なものの入手手続きに、メドをつけてから、フリップ原稿の作成に取り掛かるのが、安全な手順と言えます。
地方局で大活躍の「タッチパネル」式フリップ
地方局の場合、予算の兼ね合いなどもあって、大都市圏を除けば、専門の美術センターなどが無かったり、美術系の制作会社が少なかったりするケースが多く、いわゆる「紙焼きのフリップ」は、気軽に発注できません。このため、タッチパネルを使ったフリップが大活躍しています。プリントアウトの手間やその都度、掛かる発泡スチロール板の費用は省けますし、本番中でも誤字脱字といった落丁対応が容易です。予め、仕込んでおけば、先述の「めくり」や、音声付きの演出も容易いので、制作費削減の観点からも、近年、導入する局が増えています。
テレビ以外にも活躍の場を広げるフリップ
この他、クイズやバラエティ番組で目立ちますが、出来上がったフリップに、わざと手書きのスペースを用意して、回答記入用に使ったり、報道番組などで、「印刷が間に合わない」情報の鮮度を強調したりする演出も、一般化しつつあります。テレビ以外の新たな使い方としては、企業のプレゼンテーションがあります。新商品発表会や各種の見本市などで、スライドと併用して、事業概要や商品性能の紹介に使われるケースも一般化してきました。さらに、演芸の分野では、フリップやスケッチブックに描いた絵などを、紙芝居のようにめくりながらネタを進行する、「めくり芸」や「フリップ芸」と呼ばれるスタイルの芸人も現れました。先述の国会中継や市町村長の定例会見といった場面も含め、こうした新たな需要を踏まえれば、まだまだ成長の余地のある分野といえます。ただし、クオリティを重視するなら、フリップ制作についても、ノウハウがあるプロへ任せることを、おすすめします。彼らは豊富な経験則に加えて「どのくらい文字を詰め込めるか」「どこに写真や図表を挿入したら、視聴者が見やすいか」といった視覚効果を常に研究しています。日々の番組制作で頭を悩ませている経験上、より効果的な出来栄えのフリップが期待できるでしょう。
テキスト:ナインフィールド
ディレクター 林 要