テレビ業界で「カンペ」と言えば、カンニングペーパーの略です。スタッフが出演者に伝達する小道具で、テレビの業界では当たり前に使われています。最近では、バラエティー番組などでフロアディレクター(FD)が「カンペ」を持っている姿が映し出されることも珍しくありません。また、情報番組などでも、スタッフから出演者に対して、正確な情報を早急かつ無言で伝えなければいけないので、「カンペ」の存在は必須といえます。
今回は出し方次第で演出効果にもなる「カンペ」について、制作方法などにスポットを当てながら、よりよい番組づくりにどう役立つかを考えていきます。
「カンペ」の種類
先述の通り「カンペ」の存在自体は多くの人が認識していますが、実際に作ったことがある方は少ないと思います。実は「カンペ」の書き方には、業界的に決まった統一ルールはありません。放送局や制作会社側が伝統的に採用している独自のフォーマットを踏襲しつつ、読みやすさや進行時のスムーズさなどを考慮して、各スタッフが個別に工夫しています。
カンペは大きく分けて「セリフ用」「尺だし用」の2種類があります。この内「セリフ用」は、台本の一部を書き写したもので、B3程度の大きめのスケッチブックが好まれます。縦書きでも横書きでもOKで、演者ごとに色分けして読みやすくします。一方の「尺出し用」は「残り〇秒」などを伝えるもので、A3程度のスケッチブックを使うことが多いです。1ページごとに、「3分前」「2分前」「1分前」「30秒前」「15秒前」などと書いておきます。こちらは使いまわしが多く、スタジオだと2冊は書いておいて、MCやゲストがカメラ目線になるよう、見やすいカメラの付近で尺を出していきます。「セリフ用」「尺だし用」ともに、放送の黎明期から、人間の目の構造や目線を考慮した上で蓄積されたノウハウといえるでしょう。
具体的な作成方法ですが、一般的には大きめの「リングスケッチブック」を使い、文字は大きく、遠くからでも読めるように作っています。リングスケッチブックを使う理由としては「リングでめくりやすい」「紙が厚めで、マジックペンで書いたときに、裏うつりしづらい」「めくり音が少ない」といった面で優れているからです。
中身には先述の「セリフ用」「尺出し用」といったもののほかに「巻きで」「押しで」「CMいきます」などといった内容を記載する場合もあります。スケッチブックにマジックペンで書くのはもちろん、最近はパソコンで作成し、A3サイズでプリントアウトしたものをクリップで留める方法もあります。プリントアウト、手書きを問わず、大抵の場合、FDとMCの距離は2,3メートル程度あるので、距離を計算した大きさで文字を書きます。この時の留意点は「スケッチブックは切り離さない」こと。切り離してしまうと、バラバラになってしまい、実際の掲示作業で手間取ります。
出し方も「演出の一つ」
カンペを作るのは、スタジオ台本の決定稿が出てからになります。決定稿はスタジオ収録の前日や当日に出来上がることが多いので、収録前のアシスタントディレクター(AD)、それも主に新人のADはカンペ書きに追われながら、本番に向かいます。
スタジオでカンペを出すのは、FDか経験が豊富なADです。カンペを出す流れは、副調整室=サブと呼ばれる別室にいる「総合演出」が、複数のカメラが撮影している映像を見ながら、スタジオのFDへインカムを使って指示を出し、フロアから出演者へ伝えます。その指示の伝え方のひとつがカンペです。
もし、カンペを使わないで出演者にサブの演出意図を伝えようとすると、指示が出る度に、いちいち撮影を止めなくてはならなくなります。収録ならまだしも、生放送の場合は放送を止めることができませんから、撮影の流れを止めたくない時にカンペを使い、番組の流れをコントロールしています。換言すれば、カンペを出すタイミングを間違えると、スタジオの流れを止めたり、撮影を止めたりしかねないので、責任重大といえます。この他にも、「撮影しています。お静かにお願いします」「拍手!!」といった具合に、スタジオの観客やロケの際の見物客などに向けてもカンペを使うことがあります。カンペの出し方も演出のひとつといえるでしょう。
ニュース番組では「プロンプター」が大活躍
ところで、この「カンペ」何もサブ⇒FDだけが出しているわけではありません。出演者がスタジオ台本を手元に置いて見ながら進行している番組の場合、「プロンプター」という装置が大活躍しています。
プロンプターは主に天井に吊るした小型カメラで、キャスターの原稿を撮影し、それをスタジオカメラに付随したモニターに映し出すシステムです。このプロンプターのおかげで、キャスターがカメラ目線でニュースを読むときに、なるべく目線を動かさずに読むことができます。プロンプターはニュース番組で多く、スタジオのシステムとして組み入れられています。ニュース原稿は主として見出し部分の「リード」と記事本編から成り立っていますが、プロンプターが活躍するのは「リード」部分で、あたかもテレビの向こうの視聴者に語り掛けているような演出が可能になります。原稿を読んでいるのを視聴者に見せるのか見せないのかで視聴者の印象が変わってきますから、今では全国ほとんどの局で導入されています。手書きの原稿が主流だった時代は、あまりにデスクに手を入れられた原稿に、キャスターが詰まってしまう場面もありましたが、今では大半の原稿がワープロソフトで作成されるようになり、緊急ニュースなどの殴り書きを除けば、キャスターが狼狽する場面は無くなりました。ただ、その一方で視聴者からは「目線が不自然」などの指摘がいまだに寄せられることもあり、機材のさらなる改良が期待されます。
カンペは「気配り」
このように、デジタル・アナログの手段を問わず、カンペは番組制作上、必要十分条件になっていますが、最近は、カンペに頼りすぎの番組制作の在り方に疑問を呈する意見もあります。確かに「制作者側」としては、カンペ通りにやってもらった方が安心ですが、尺出しはともかく、バラエティー番組などでは、時にセリフや進行指示のカンペが多過ぎるゆえに、スタジオの空気を微妙なものにしてしまうこともあります。例えば、経験が少ないMCの場合、スタジオの雰囲気を無視してカンペ通りに進行したり、カンペめくりに集中するあまり、全体の進行がわからなくなるFDがいたりすると、せっかくの面白さが台無しになってしまいます。
大切なのはスタジオを仕切るFDが、現場を判断し、時にはサブ席に座る「総合演出」に対して、スタジオとしてベストな方法を提案できる雰囲気作りです。確かに総合演出とFDとではヒエラルキーがありますし、責任の重さも変わってきますが、「上意下達」ばかりを優先すると、出演者のモチベーションにも影響が出かねません。その意味で「カンペ」一枚とっても「番組を面白くしよう」という制作サイドの気配りがこもっていなければいけません。テレビ番組の制作は「チーム戦」です。よりよい番組を視聴者に楽しんでもらうために、FDと総合演出との間で如何に闊達な意見を交わせるか。一枚の「カンペ」が担う使命は意外に重いといえるのかも知れません。
テキスト:ナインフィールド
ディレクター 有明 雄介