東京五輪でスポーツ観戦の楽しみが増えた

東京五輪でスポーツ観戦の楽しみが増えた
2021年9月27日 ninefield

東京オリンピック・パラリンピックですが、無観客開催の補完として、テレビがアスリートの活躍を伝え、多くの視聴者を感動と興奮にいざなったことは論を俟たないでしょう。事実、自宅でテレビにくぎ付けになった視聴者も多かったのではないでしょうか。また、番組編成上の都合でテレビがとりあげなかった競技は、インターネット配信が大活躍。視聴者により多くの選択肢を提供し、定着の礎を築きました。今回はいわゆる「オリパラ」の現場から、映像の高精細化をはじめ、放映権を取り巻く問題や、ロボット実況など、さまざまな新技術・新概念にスポットを当てながら、スポーツ観戦の楽しみ方の進化を探ります。



 

 



東京オリパラ中継の全貌

映像記録は人々の感動を呼びますが、その中身が世界トップレベルのスポーツ選手による競技であれば影響力は大きくなります。スポーツを親しむ人はもちろん、スポーツにあまり関心がない人にも、勇気と希望を与えます。今夏の東京オリンピック・パラリンピックはコロナ禍のため、競技は一部を除き無観客でした。その結果、放送が担う比重は極めて高くなりました。コロナ時代を象徴する大会だったことはもちろんですが、ネットに押されて存在感が薄くなっていたテレビが久々に息を吹き返したと言えます。今回のオリンピック・パラリンピックでは全33競技について、9500時間を超える競技映像が制作されました。映像技術的には、初めてHDと4Kのサイマル=同時放送が実施されるなど、実験的な試みが随所で見られました。
 

高精細映像でスポーツ視聴体験が変わる

HDと4Kのサイマル放送が始まった今大会は、競技数もリオに比べ、5つ増えたため、記録される競技映像の総時間数は3割増に達しています。HDから4Kへ転換すると、高精細なだけでなく、ダイナミックレンジも広くなるので、色の再現性も上がります。今後、8Kのカメラが現場に導入されれば、競技全体の映像を8Kのカメラで俯瞰して撮るという新たな方法が選べるようになります。俯瞰した映像から、AIによる画像認識技術を使って、特定の選手を自動で追尾し、適切に画像を切り取ることも可能です。つまり、高精細な一つの元画像を使うことで、これまでにない楽しみ方が提供できる可能性があります。

映像技術の向上は、競技会場の運営にもメリットをもたらします。先述のように、一つの映像から多くの映像を切り出せるようになれば、カメラの台数は減らせますし、機器の小型化で、競技会場を占有するカメラスペースを少なくできるというメリットも出て来るでしょう。浮いた労力を他に回すことも可能になってきます。

 

最初のストリーミング五輪

東京五輪では、インターネット配信による観戦スタイルも話題となりました。テレビではどんなにマルチチャンネルを使っても、放送できる競技の数は限られますが、ネット配信ならば、その制約はありません。従って、今までテレビでは放送を見送ってきたマイナー競技が気軽に観戦できるようになりました。

マイナー競技といえば、ロボット実況も注目を集めました。これは、ほぼリアルタイムで自動的に実況や字幕をライブストリーミング映像につけて提供する新しいシステムです。例えば、バレーボールなら、「日本、第一セット、8-6、アメリカ、リード」「次のサーブは日本です」など、水泳なら「日本の○○は、先頭から0秒50差の4位でターン」といった具合に、試合の状況を淡々とした合成音声で伝えます。まだ、開発途上ということもあって、エラーも散見されましたが、音声のイントネーションはかなり自然で、「淡々として聞きやすい」「落ち着く声」と好評です。絶叫型の実況に愛想をつかしていた視聴者には「人間の実況よりロボット実況が好き」という人もいるほどです。この仕組みは、試合会場から送られてきた競技データを、競技ごとに用意したひな形に当てはめて、実況テキスト化します。さらに、これを字幕と合成音声での実況に変換した上で、映像とのタイミングを調整して配信しています。この方法だと、ひな形さえ作ってしまえば、ほぼ全ての競技に応用でき、なじみのない競技にもファンがぐっと増える可能性が高まります。

今回の五輪から初めて競技映像の制作システムがクラウド環境へ全面的に移行し、日本で放送権を持つNHKと民放は全競技のネット同時配信に踏み切っています。NHKと民放はそれぞれの特設サイトで配信を提供しましたが、NHKと民放の間でライブ配信の取り決めがあり、競技中継の優先権を互いに侵害しないルールが適用されました。NHKによりますと、同時・見逃し配信「NHKプラス」の動画は、五輪開会式の週と翌週の視聴者が、4月から6月までの3か月間の平均に比べ3倍近く増加し、利用登録の申請も増えたということです。IOC=国際オリンピック委員会のティモ・ルンメ テレビ・マーケティング担当部長は、五輪会期中の会見で、東京五輪のデジタル配信の視聴者が過去最多となる見通しを示し、「東京は最初のストリーミング五輪」と評しています。

 

「放映権」の壁とアクセス地域の制御

ところで、テレビ、ネットを問わず、オリパラの映像を放送・配信するには「放映権」という権利の取得が必要です。おそらく、多くの人がこの放映権という単語、一度は目や耳にしたことがあると思います。この放映権、実は、インターネット上で動画配信サービスを始めるにあたり、国際的な問題の火種を抱えていました。放映権は国ごとに別々の組織が取得し、放映できる地域は各国内に限られます。ところが、インターネットは国境を問わず、どこからでも任意の情報にアクセスできるのがセールスポイントなので、そのままでは各国ごとに放映権を取得する意味が無くなってしまいます。そのため、放映可能地域外からもアクセスできてしまうインターネット上で動画配信を行うことは出来ませんでした。この問題を解決したのがIP Geolcoation(ジオロケーション)によるアクセス地域の制御です。
IP Geolocation とは、インターネット上の住所である「IPアドレス」と位置情報とを紐づけたデータベースを使い、IPアドレスから位置情報を判定します。 IP Geolocationによるアクセス制御は、メジャーリーグやワールドカップなどでも使われています。日本でも全国各地のラジオ局を視聴できることで話題の「radiko」がこの技術を使っていると聞くと、俄然、身近に感じるのではないでしょうか。

 

どんな人でも楽しめる放送を

この他、パラリンピックでは、障害のある視聴者も一緒に楽しめる「ユニバーサル放送」にも力を入れました。東京オリンピックの開会式中継ではなかった手話通訳を、開会式、閉会式両方の中継で導入しました。また、その日の注目競技や選手を紹介する生放送の情報番組では、字幕と放送内容を合わせる「ぴったり字幕」を採用しました。さらに、インターネット生配信では、CGキャラクターが手話で実況を伝える「手話CG実況」も試みられました。

来年の北京冬季オリンピックからは、8Kの放送がスタートする見込みです。8Kが適用されることで、映像の楽しみの幅が広がっていくでしょう。技術の進化の恩恵は、それが当たり前になって、初めて実感することが多いです。映像技術の進化によってスポーツの視聴体験が向上すれば、それに付随するサービスや文化にも好影響を与えるのではないでしょうか。

 

テキスト:ナインフィールド
ディレクター 北原 進也