ドラマやバラエティ、最近は報道や情報番組などでも、美術部門の存在が際立っています。セットや大道具はもちろんですが、衣装・小道具・持道具まで幅広い守備範囲を誇ります。
番組制作の担当者と打ち合わせして、イメージや番組カラー・番組ロゴなどを配置したセットを考えるわけですが、ここ15年ほどはデジタル化が進み、美術デザイナーが、オブジェクトや空間を考えつつ、作図ソフトを使ってテレビ番組のセットをデザインするケースも増えました。今回は番組の陰の主役「テレビ美術」にスポットを当て、業務内容をはじめ、求められる人材像や業界の現状を探っていきます。
テレビ美術分野の進化
テレビ放送が始まって70年近く経ちます。スタート当時は白黒な上、録画システムも無いので、すべてが生放送でした。当然、テレビ美術の分野もリアルタイムですから、素材は紙や木材など、加工しやすいものが多く使われていました。産声を上げたばかりのメディアゆえ、デザイナーや大道具といったスタッフの多くが舞台や映画の美術関係者です。テレビを専門にするスタッフが出て来るのはだいぶ後になってからです。現在もテレビ局の美術装置の計測は尺貫法が使われていますが、これも舞台関係者が遺した名残といっていいでしょう
その後、カラー化だったり、VTRが誕生したりで、技術が進歩してくると、それまでモノトーンだった大道具美術も、よりリアルで質感的な要素が求められるようになりました。さらに、録画が可能になったことで、放送ごとに解体するといった時間の制約が解消し、必ずしも加工しやすい材料にこだわる必要もなくなりました。
当然、鉄骨やプラスチックをはじめ、硬化性樹脂や発泡スチロールなど、新素材がどんどん使われるようになり、予算は膨らんでいきます。このため、ユニットセットが考案され、時間の短縮と予算の節約が可能になりました。現在はCG=コンピュータグラフィックスを駆使したバーチャルスタジオも現れ、必ずしも実物のセットを組み立てる必要が無くなるなど、大きく変貌しています。
このように、テレビ美術は舞台美術や映画美術がベースになって、発展してきましたが、ドラマやバラエティといった娯楽番組だけでなく、ニュースやワイドショーなど、社会性に直結した情報を提供するという点では、舞台や映画にはないオリジナリティがあります。典型的なのがフリップや事故現場の模型などです。これはディレクターの発注から放送開始まで、時間的な制約がきつく、いわばテレビが培ってきた「早さのスキル」が最大限に発揮できる場面です。このように大道具をはじめとするテレビ美術の世界は時を追うごとに間口を広げてきました。
さらに、最近はスタジオ機材の進歩や、カメラの小型化など技術の革新が進み、大道具や他の美術装置もよりダイナミックでリアルなデザインが要求されます。地上波のデジタル化やハイビジョン化、さらには4K、8Kとより高精細な映像が実現したことで、映像美術もより高度な技術と多様性が要求されています。テレビ美術を取り巻く環境は、ますます変化が予想されています。
美術スタッフの仕事内容
テレビでの美術スタッフの仕事は、一義的には撮影で使用する舞台装置や小道具を作りだすことです。大規模な制作現場では「美術監督」を頭に「助手」「装飾」「大道具」「小道具」など、細かく役割が分かれています。
街並みや建物を表現するために、大型のセットを組み立てることもあれば、演技の中で使用する小物類を調達することもあります。イメージ通りのものが手に入らなければ自分で作ることもあるなど、優れたデザインセンスが要求されます。
大道具や小道具の制作、加えて電飾などは、各部署や会社ごとに分かれていて、まとめているのは「美術進行」とか「美術デスク」といった担当になります。ロケや収録で使う小道具や衣装は、メールや電話での発注が主ですが、特に細かく指定するものは、打ち合わせをしたのちに発注します。バーチャルスタジオも出現し始めてきたとはいえ、パネルやひな壇の建て込みなど、大道具はかなりの体力勝負。番組の収録開始時間に合わせて建て込むので夜中の作業になることもしばしばです。
また、造形制作や美術品制作は「木材」「発砲スチロール」「布」など、材料や素材の特性を熟知して美術品や装飾品を作りますし、衣装は膨大なストックの中から、発注に合ったものをセレクトする必要があります。このため、比較的女性の活躍機会が多いと言えます。この他、時代劇の場合は時代考証など、歴史的な資料の参考活用が欠かせません。
テレビのセットは、監督やディレクターが考える番組の世界観を表現するために、多くの人がアイデアを出し合った成果です。その一方で、監督や演出担当者が美術セットの大まかなイメージしか伝えてくれないことも珍しくありません。相手の言葉に耳を傾けて、細かい部分まで想像しながら起こしたデザインを具現化するには、必要な材料や制作方法をベースから考えなければいけません。したがって、美術スタッフには常に高い創造力が求められます。具体例を挙げれば、照明の当たり具合なども計算して、如何にテレビ映えするかを考えますし、花や置物といった小道具系も、どうしたら番組の雰囲気を壊さずに演出できるかに知恵を絞ります。つまり人の手でしか創りだせない、機械化できない仕事ですから、時代が変わっても無くならない職業といえるでしょう。
もっとも、最近は制作の過程で、CG技術を駆使してクオリティーをあげたり、予算を抑えたりすることが求められるようになっています。ですから、新しい時代ならではの新しい技術を学び続ける努力は必要です。もともと絵や設計図を描くのが好きな人や工作が得意な人、CG技術を究めたい人など、クリエイティブな仕事を心から愛していることはもちろんですが、最近は、自分が考えだしたセットデザインをプレゼンテーションする力も必要になってきています。
求められる人材像
この業界はデッサンや製図、造形に関する技術が欠かせないので、デザイン系の専門学校や美術大学での勉強が近道といえます。もちろん、まったくの未経験者からでもこの業界に飛び込むことは可能ですが、先述のように、デザイン専門学校や美大の卒業生が多いので、独学でしっかり勉強しておく必要があります。また、携わる作品によってはファッションやインテリアに関する知識、そしてCG技術なども求められるため、美術全般について、幅広く学んでおきましょう。
美術スタッフの主な就職先は、美術制作会社や映画の関連会社、テレビ局の美術関連を請け負っている子会社などになります。ただ、おしなべて納品前の深夜残業が多く、生活が不規則になりやすいので、慢性的な人手不足に悩む企業も珍しくありません。
ですから、正社員以外にも契約社員やアルバイトの雇用が多く、やる気さえあれば、未経験者でも採用するところがあります。特番の本番前やテレビ局のイベントで大きなセットを制作する時だけ求人募集していることもあるので、少しでも興味がある人は、こまめに求人情報をチェックした上で、業界の門を叩いてみては如何でしょうか。
テキスト:ナインフィールド
ディレクター 村松 敬太