生放送は”秒”で時間管理

生放送は”秒”で時間管理
2020年11月23日 ninefield

テレビの生放送で「タイムキーパー」というと、モニターがいっぱい並ぶサブ(副調整室)で、ストップウォッチを片手に「スタジオ戻り、何秒前」などと通る声で、ディレクターやスタジオの出演者に時間を知らせるイメージがあると思いますが、実はディレクターや司会者もタイムキーピングの重要な役割を担っています。専業のタイムキーパーは、主に番組全体の時間の管理をしますが、各コーナーについては、ディレクターも時間管理の責任を負っています。予め編集したVTRの長さを基に、スタジオへ下りた後の出演者の掛け合いなど、台本でできるだけの想定はしていますが、それでも会話が弾む、緊急ニュースなど、想定外のこともあります。時間が押した際の調整や他のコーナーへの影響を配慮しながら、番組の立て直しを図るなど、冷静で臨機応変な対応力がディレクターに求められています。今回はタイムキーピングにおけるディレクターの役割を考察します。



 

 



シビアな時間管理

放送現場の時間管理は、ほかの職業に比べて、かなりシビアです。常に秒単位ですし、現在の主流であるスタジオとVTR混在の番組では、VTRの時間を把握しながら、スタジオでの持ち時間を瞬時に判断しなければ事故につながります。例えば、一つのコメントが5秒押しても、5回重なれば25秒。一歩間違えると、せっかくスタッフが企画・制作してくれたコーナーやVTRが丸ごと飛んだりします。仮に放送が丸く収まっても、「飛ぶ」ケースが頻発すると、番組全体の構成はもちろん、担当スタッフの士気にも影響します。こうした事態を避けるためにも、サブルームのディレクターとタイムキーパーが、どこで時間を調整するか判断しています。
 

「タイムキーパー」の役割

そもそも、タイムキーパーとは、テレビの生放送番組や収録番組で、時間を管理するスタッフです。「TK」とも呼ばれ、副調整室で、オンエアを担当する送り出しのディレクター(局によってはオンエアDやパイロットD、ピッチャーなど)の横に座り、予め作成されたQueシート(進行表)に基づいて、番組やコーナーの入り時間と残り時間を教えてくれる重宝な存在です。特に30分以上の生放送には不可欠といっていいでしょう。

なぜ、タイムキーパーが生まれたかというと、民放にはCMがあるからです。生番組のCM送出は大きく分けて2種類あり、ひとつは、予めCMの入り時間と明け時間が決まっている「確定CM」(局によっては「旗が立っている」など)。もうひとつは時間が確定していない「アンタイムCM」です。
「アンタイムCM」は送り出しディレクターの指示でCM入りのタイミングを決めることができますが、VTRやスーパー、さらにはカメラのスイッチングのタイミングまで、スタッフに指示を出さなければならないので、時間計算だけに執心するわけにはいきません。

CMに入るタイミングによって、次のコーナーの持ち時間が変わってくるので、CMに入った瞬間、タイムキーパーはCM明けのコーナーで、どのくらい時間があるかを素早く計算して、オンエアを担当するディレクターに伝えます。情報を受けたディレクターは、そのコーナーで使うVTRの長さを頭に入れながら、VTRに入る前と明けた後の出演者トークの時間をスタジオにいるフロア・ディレクターに指示します。

この指示で、アナウンサーをはじめとする出演者は「スタジオでどれだけトークをしてVTRへ振り、VTR明けで次のコーナーやCMへつなぐために、どれだけのトークをすればいいのか」を知ることができます。ですから「ディレクターの女房役」ともよく言われますし、ディレクターと同じくらい番組を理解している必要があります。

また、生放送ではタイムキーパーが不安がっていると、それが他のスタッフに影響してしまうので、番組制作のムードメーカー的役割を担うことも業務のひとつといっていいでしょう。余談ですが、CMがないNHKでは、民放ほど時間管理を気にする必要がないため、専任のタイムキーパーが存在せず、送り出し担当のディレクターがトータルの時間を管理しているケースが多いようです。

 

時間計算はディレクターも担う

このように、タイムキーパーの役割は重要ですが、地方局の中には、専業TKの確保が難しく、空いているアナウンサーや庶務が担当して、急場を凌ぐ場合もあります。経験を積んだ彼女たちの中には、演者になった場合、天才的なタイムキーピングを誇る人が少なくありません。また30分以内のいわゆる「ミニ枠番組」では、タイムキーパーを置かず、番組のディレクターがタイムキーパーを兼ねて、送り出しの席に座り、指示を出したりします。

それと意外に重要なのがVTRを送り出す担当ディレクターです。VTRの終了タイミングがわからないと、突然、スタジオへ下りることになり、スイッチャーや音声担当はもちろん、出演者も対応に困ります。ですから、VTRの残り時間をメインの送出ディレクターの他、スイッチャーや音声など、サブのスタッフへ確実に伝えることが必須です。

スタジオ側で言うと、フロア・ディレクターの役割もカギを握ります。CM時間を逆算し、空き時間で、出演者のマイクやスタジオのセットを直したり、送り出しディレクターの指示だけでなく、自分でも時間を計算して、出演者の話が弾み過ぎたら、スタジオをまとめるよう促したりするなど、オンエアに直結する分だけ、重大な責任を負っています。

 

経験がモノをいう突発時

特にワイド番組に顕著ですが、生放送の最中、突然、臨時ニュースが飛び込んで来ることがあります。また、地震が発生し、その後、緊急特番に差し替えられることも、珍しくありません。当然、現場は大混乱になりますが、こうした時こそ、ディレクターの経験の差によって、番組の成否が大きく変わります。

実は、大抵の生番組は、こうした不測の事態に備えて「捨てコーナー」を必ず常備しています。比較的、重要度が低かったり、次回以降の放送に回しても、鮮度的に問題がなかったりしたネタが中心になり、ディレクターは状況をみながら、コーナーやVTRをカットしていきます。この時に、細かい部分にこだわって、タイミングを逸してしまうと、混乱の度合いをさらに深め、結果的に傷口を広げることになりかねません。その意味で、ディレクターには、冷静かつ混乱した番組をどう着地させるか瞬時に判断する能力が求められます。

 

全ては経験に優るものなし

しかし残念ながら、この能力を養うには、早道は無く、経験を積む以外に方法はありません。多くのAD(アシスタント・ディレクター)は、この経験を重ねて、「対処法の引き出し」を増やし、正規のディレクターへと巣立っていきます。

番組を船に例えると、言うまでもなくディレクターは「船頭」です。その船頭が冷静さを失ったのでは、船に乗っているスタッフや出演者、何よりもカメラの向こうの視聴者たちが「遭難」してしまいますし、番組の崩壊は目に見えています。

完璧な対処法はなかなかありませんが、一つのヒントとして、普段から、不測の事態を想定し、イメージトレーニングをしておくことは有効かもしれません。先輩や同僚たちのトラブルを目の当たりにした際、「僕だったらこうする」という自分なりの考えをまとめておくことは、きっと役に立つはずです。こうした経験を数多く重ね、どんな不測のピンチにも冷静に対処できるようになることが、生放送の敏腕ディレクターへの第一歩といえそうです。

 

テキスト:ナインフィールド
ディレクター 北原 達也