ここ数年、スポーツにインターネットを生かした取り組みやビジネスが拡大し始めています。動画配信サービスなど、単に試合中継の視聴スタイルの変化だけではなく、試合そのものの価値を変えていく演出シーンや会場施設の運営情報をリアルタイムで管理することなど、テクノロジーの応用例は枚挙にいとまがありません。
さらに、コロナ禍で状況は大きく変わりました。無観客でしか開催できない試合に、ライブ観戦以上の魅力を加えてオンラインでファンに届けられれば、プロスポーツ経営やイベント興行に新たな収入源を生み出す可能性があります。こうした環境が映像業界に与える影響とビジネスチャンスを探ります。
どんどん進むバーチャルな技術革新
5Gなど通信インフラが整備されるにつれ、映像業界ではコロナの前から、様々なテクノロジー融合の試みが企図されてきました。例えば、5GとARを融合した実証実験では、テレ局側から提供される選手情報やタイムデータなどのコンテンツをローカルサーバで処理を行い、5Gネットワーク回線を使って、観客が装着するゴーグル型のARデバイスやタブレットに瞬時に表示する実験が行われています。実験に参加したほとんどの体験者たちからは、「結果がリアルタイムで表示され、わかりやすい」「選手と電光掲示板を交互に観る視線の往復がなく、レース観戦に集中できる」と好評価でした。今後は、映像やCGなど表示コンテンツの充実に加え、幅広いスポーツ分野への活用拡大、さらにコンサートやイベント会場におけるエキサイティングな演出やリアルタイムな情報提供など、5GとARを活用した新たな可能性は、大きく広がっていくと期待されています。さらに、ボールなどを高精度かつ安定的に追跡し、その軌跡を映像に重ね合わせる技術や、ゴールなどの決定的瞬間に対して、視点が被写体のまわりを滑らかに回り込むような映像を制作できる他視点ロボットカメラ。さらにはアスリートの一連の動きを連続写真風に表現する2.5次元マルチモーションなど、テレビ局、メーカー、通信インフラ会社などが手を携えて現在も様々な試みが続いています。
無観客で知恵を絞り始めた球界
その一方で、コロナ前までは、スポーツでも音楽でも、ライブにおカネを払って現場でエンターテインメントを楽しむファンが増える傾向にありました。テレビ中継による「空中戦」よりも、スタジアムの「地上戦」が重視される風潮が強かったように感じます。しかしコロナの影響で、「地上戦」は大幅な制限を余儀なくされ、映像メディアのスポーツ中継も従来の発想から、大きく考え方を変えざるを得なくなりました。
こうした中で、プロ野球では、各球団とも様々な工夫を凝らしています。東京ドームでの開幕カード、巨人・阪神戦では、バックネット裏に、ファンの写真を映し出す大型LEDパネルが置かれ、テレビ中継用に観客が座っているかのような装飾が施されましたし、横浜スタジアムでのDeNA・広島戦では、「おうちで交流!OB解説つき! オンラインハマスタ」と題して、試合をインターネットで観戦しながら、球団OBの解説者らとのトークショーが開かれました。さらにオンライン会議システム「Zoom」を使って、球場の大型ビジョンに、応援画像を表示し、選手とファンが一体となるような工夫も凝らしました。また京セラドーム大阪でのオリックス・楽天戦ではバーチャルでの始球式が行われ、ビジターの楽天は、地元仙台にファンを集め、距離を保った上でのパブリック・ビューイングに踏み切りました。
台湾・韓国球界は海外市場を開拓
台湾や韓国では、日本よりもさらに先を行っていて、海外市場の開拓が盛んです。
日米より先にプロ野球が開幕したこともあって、海外でも試合中継に注目が集まりました。まず、台湾のプロ野球は、英語の実況を入れて各試合をネットで有料配信し、アメリカでのアクセス数を増やしました。時差のため、アメリカでは朝食をとりながら観戦する「ブレックファスト・ベースボール」と呼ばれ、人気を集めています。また、韓国のプロ野球もアメリカのスポーツ専門チャンネル「ESPN」と放映権契約を結び、ネットワークを通じて世界130の国と地域で放送されるようになりました。台湾、韓国ともに、コロナ禍を逆手にとって、グローバル化に意欲的です。日本のプロスポーツにとっても大いに参考になるでしょう。
リモート応援システムの導入を検討しているサッカー界
野球に劣らず、サッカーもリモートに積極的です。スペインのサッカーリーグ「リーガ・エスパニョーラ」は、テレビ局が、サッカーのビデオゲームを展開する会社と協力し、無人のスタンドに観客が入っているようなバーチャル映像と音声を重ねて放送。斬新な発想として注目を集めています。
Jリーグでは、ヤマハが開発した「リモート応援システム」の導入が検討されています。スマホ上の専用アプリで視聴者が「歓声」や「拍手」のボタンを押すと、自分の声や拍手音が競技場のスピーカーから流れる仕組みで、スポーツ以外にも多くのイベントが無観客で開催されるのを想定しています。楽器メーカーらしく、ヤマハは音楽ライブなどで活用することも見込んでいます。これはプロ野球でも実験が始まっていて、すでに阪神や千葉ロッテが名乗りを挙げています。こうしたテクノロジーに、プロならではのノウハウや視点が加わることで、何倍もの相乗効果を生み出すことは間違いありません。
オンライン配信の思わぬ波及効果
沖縄の県高校総体のオンライン配信では、従来では考えられなかった動きが現れました。特設サイトを開設したサッカーでは、男女1回戦から決勝まで全試合、YouTubeでライブ配信しました。出場選手はもちろん、「全員が動画へ登場するように」との思いから、抽選会の際に指導者のLINEグループをつくり、各校のチーム紹介や監督と主将のコメントを集約、随時、サイトへアップロードしました。
試合後にはダイジェストや、勝利チームインタビューもアップする充実ぶりもあって、
トータル32万を超えるアクセスを叩き出しています。
こうしたオンラインの活用は、感染防止の観点だけでなく思わぬ波及効果も生んでいます。全国大会の中止でプロや大学のスカウト陣へのアピールの場が相次いで失われる中、オンラインなら、地方の隠れた逸材に光が当たるチャンスが生まれます。
加えて、「遠方からも観戦」や「高齢者など体調に不安がある人も臨場感たっぷりの応援が可能」、「映像として記録に残せる」といった点もオンライン配信ならではの利点と言えるでしょう。当然、アマチュアスポーツにおいても、素人が運用するより、プロに任せる方が、安全性・確実性が増すことは論を俟ちません。
日進月歩の技術革新の今だから、プロの出番!
日進月歩で進化する技術は、個人はもちろん、会社の広報レベルでもなかなか実現には漕ぎつけられません。そうなると、ノウハウがあるプロの出番が必要不可欠です。当然、普段から技術革新には目を配っていますし、これまでの経験を踏まえた新たな発想も出てくるでしょう。視聴者が熱くなるようなスポーツコンテンツを提供しながら、技術革新という歴史の目撃者にもなる…。進取の気性に富む映像業界全体の雰囲気が、最新のテクノロジーを携えて、魅力あるコンテンツづくりに一役も二役も買うことは間違いなさそうです。
テキスト:ナインフィールド
ディレクター 北原 達也